創傷処置の実際
私のクリニックには、一般のアスリート以外にも多くの格闘技の選手が試合後の傷の治療で訪れます。そのなかでも打撃系の格闘家であるプロボクサー、キックボクサーの傷は切創、挫傷が多く、縫合を必要とするケースがほとんどです。この場合、傷のケアの方法により傷の治癒期間、その後の選手の競技パフォーマンスに大きな影響を与えます。
切創は単純に縫合した場合と真皮縫合を行った場合とでは、外見は同じでも真皮での組織の治癒には大きな差が見られます。アスリートではない一般の方の場合は、真皮縫合を行わない場合もありますが、打撃系の格闘家の場合には傷の部位にパンチが当たって傷口が開けばTKO負けになることもあり、傷の補強が必須です。
一般に、真皮層まで含んで傷の完全治癒機転が終了したと考えられるには2年、最低でも半年の期間を要します。その間、傷に外力が作用すると容易に傷は開きます。このため真皮縫合が大切な傷のケアになります。また、傷の縫合が不十分な場合は血腫が発生し、感染が生じると周囲の組織が壊死して治癒期間の大幅な遷延が生じることがあります。
現在、私はJBC認定のプロボクシングトレーナーとして、プロボクサーのトレーニング指導やケアを担当していますが、試合中にケガをしても、試合後ただちに適切な処置を行えば、驚くほど短期間で傷が癒えます。
セコンドとして、試合中から選手のカットした傷口の診察やケアも行いますが、試合後の正しいケアは、プロボクサーとしての選手生命に大きな影響を及ぼします。特に、世界レベルの選手はわずかな傷のケアのミスで選手生命が終わることもあり得るのです。
真皮に至る完全な切創の場合、3ヵ月程度では治癒は不可能です。3ヵ月ほどで次の試合を控えたプロボクサーにとって、単純縫合は新しい傷のケアとはいえません。傷のケア1つで大きく選手生命が変わってしまうことを、選手、指導者、治療を担当する医師が認識しなければなりません。
縫合創の消毒は行いませんし、直接ガーゼも当てません。アルギン酸塩被覆材で覆い、その上からフイルムドレッシング材を張ります。
顔の縫合創は原則として5日目に抜糸、その他の部位は1週間で抜糸(通院不要の場合がほとんど)です。入浴は受傷翌日から許可。患部を水に触れさせてはいけないという理由はありません。水に触れることで傷の治癒が遅れることも感染することもないのです。
傷に対して垂直方向の外力が加わるような日常生活での姿勢や運動は控え、創部の安静を保たせるようにします。怖がって縫合後の患部を全く洗浄しないと、垢や汚れがついてかえって細菌叢の繁殖になります。このように医療機関での正しいケアも大切です。
最後に、新しい創傷治療法が、多くのスポーツ指導者ならびに学校関係者、医療従事者、そして子どもの保護者である方々にも、広く普及していくことを願っています。新しい傷の処置をこのサイトを参考に実践され、普及していただけますことを、心より願っています。
スポーツ選手だからキレイに治す必要はない?
傷がキレイに治ることは、早く、痛みが少なく治ることです。ですから、スポーツ選手の傷はキレイに治すべきで、傷はスポーツ競技の勲章などと考えてはいけません。新しいケアの方法を知って、適切に処置すれば、①極めて少ない痛み、②短期間で傷が消失、③キレイな傷痕、として傷が治ります。まず、競技現場でコーチや関係者が簡単に処置できる傷のケアをご紹介しましょう。
1)水道水で傷をよく洗浄する。この際、絶対に消毒しない(他人の傷の処置をするときは必ずディスポーザブルの手袋をご使用ください)。
2)出血があれば圧迫して止血する。このときに、一時的止血のためのガーゼの使用はよい。
3)準備ができていれば、ハイドロコロイドドレッシング材(市販のものはバンドエイドキズパワーパッド、ビジダーム)で覆う。もしなければ、食品用ラップを当て、その上からガーゼで保護してテープで固定。この場合、ワセリンが準備してあればワセリンを傷に塗って、その上からラップで覆うとよいでしょう。
4)翌日、傷の状態を確認してラップを張り替える(ジュクジュクしていても決して傷を乾燥させてはいけません)。
現在では医療用の創傷被覆材と同じものが薬局で市販されていますので、必ず準備しておくことをお勧めします。
治療の実際
新しい傷のケアを行った場合の症例写真をいくつかご紹介します。